糸芭蕉東シナ海の風と沖縄の太陽を満喫した糸芭蕉。芭蕉布は、畑で栽培した糸芭蕉の木から丁寧に繊維を採りだします。
植えつけから3年、糸芭蕉が大きく育ち、わたしたちの身長をはるかにしのぐよ うになると、ようやく繊維の材料として利用できます。その間何度かの暴風雨にも耐 え、どっしりと大地に根を張った糸芭蕉だからこそ、上質の繊維が採れるのです。 着尺一反を織るためには、糸芭蕉の木を約二百本切り倒します。それから布になるまで、大きく分けても二十余りの工程があり、およそ半年かけ て、一反の着尺が織りあがります。
さらっとした手触り、生成りの自然な色合い。おんなたちが想いをこめて織り継いできた芭蕉布は、沖縄を代表する伝統工芸の一つです。
「芭蕉布 こもれび工房」は、やんばると呼ばれる沖縄県の北部、塩屋湾に面した大宜味村白浜集落にあります。昔から引き継がれてきた伝統的な製法にこだわり、糸芭蕉の植えつけから製品として仕上がるまで、すべての工程を手作業でおこなっています。
森山冨士子(もりやま ふじこ)
1954年、沖縄本島中部、具志川の照間(てるま)で生まれる。
生来の「のんびり屋」で、2歳近くになって、ようやく歩き出す。
◇家の隅に、ンメー(オバア)の機が置かれていたことを覚えています。
1961年 妹の子守のため、1年遅れて小学校入学。
村のはずれに家があり、このころまで電気が来てなかった。
◇小学校から帰ると、ランプのほや磨きが日課でした。
1973年、地元高校卒業後、船中2泊して上京。
復帰翌年で、渡航許可証なしで日本へ渡れた最初の世代。
◇都会を颯爽と駆け抜ける、という意気込みで発ったのでしたが‥。
1979年、沖縄に戻り、東京で出逢ったナイチャー(大和人)の夫と農業を始める。
サトウキビとイグサの栽培。泥だらけの日々だった。
◇畳表も織っていました。織りは、こんなところから始まっています。
1987年、大宜味村に移り、喜如嘉の平良敏子先生に師事。
◇「芭蕉布会館」で全てを教わりました。ありがとうございます。
2000年、13年半修行した「芭蕉布会館」を去り、独立準備。
生まれ故郷の照間で、糸芭蕉の畑を広げる。
◇肉体労働です。糸が採れるのは、2、3年先になります。
2001年、大宜味村白浜の古い民家を借りて、工房を構える。
環境の素晴らしさに感激。
◇集落内に自家用の野菜畑も持てました。毎日収穫でき、大満足です。
2004年、那覇市「沖縄琉装苑」にて作品展示会。
◇着尺、帯地、小物と、ようやく数が揃うようになりました。
** まだまだ発展途上人ですので、今後ともよろしくお願いいたします **
タイ北部にて