2005年8月
 6月の激しい雨と風に耐え、全く雨の降らない7月の日照りにも耐え、ただいまオクラが大豊作です。毎日30〜40個とれます。食べても食べても飽きのこない「優良食品」ですね。もう、主食に近いんじゃないでしょうか。
 午前中、黄色い花をあちこちに咲かせ、畑にアクセントをつけます。その後、花の数だけオクラとなって、私どもの「健康」と「家計」を支えてくれるという、有りがた〜い野菜です。

 「芭蕉布こもれび工房」の工房主は、ただいま「自彊術(じきょうじゅつ)」に、はまっております。療法を兼ねた健康増進体操です。気力と体力を養成し、なにより若返り効果があるとの、これまた有りがた〜い術なのです。「太極拳」、「ヨガ」と、少しずつかじりましたが、これが一番しっくりきそうです。長続きするかどうか、それはもう、どれだけ若返るか次第でしょう。
 遠方まで無料の講習を受けに行ったら、昔の同僚がインストラクターの立場で来ていました。沖縄の社会は、ほんとに狭いんです。どこに行っても知り合いと出会うので、こそこそしたことができません。こそこそ好きには、住みにくいかもしれませんよ。
 便利なこともあります。先日、対向車が荷崩れを起こし、車を傷つけられました。馴染みのない土地です。トラックの二人を相手に、心細く一人で修理費を掛け合っていました。そこに、偶然通りがかった知人が降りてきて、立ち合ってくれたのです。
 えっ、こんなところで、というような場所でも、誰か知り合いと遇うことが多々あります。ここは、「島」ですからね。どんなに遠くまで行っても、日帰りの範囲から出ません。なにか、お釈迦様の手の中で飛び回ってる孫悟空のようです。あんなにやんちゃで、威勢よくはないですけど‥

 工房の位置する大宜味村は、長寿で有名です。ブナガヤ(木の精/森の妖怪)やシークヮーサー(柑橘類)の里としても知られています。さらに、工芸の村という側面もあります。芭蕉布だけでなく、焼き物、木工、シーサー、織物と、各方面で製作を続ける人がいます。村内出身者は少なく、沖縄の各地、日本の各地から移り住んだ人々が主流です。喜如嘉の「芭蕉布会館」でも、他府県からの研修生が多くなりました。
 大宜味に限らず、ここ数年、「内地」からの移住ブームは本当にすごいものです。年間2〜3万人という統計が出ています。もう、どんな場所でも、「ナイチャー(内地人)」が珍しがられることはありません。
 かく言う「こもれび工房」のパートナーも、初期の移住者です。27年目に入ります。最初の8年間、全く「ナイチャー」と出会わなかったほど、当時「少数民族」でした。「日本」出身ということで、初対面の人から、「自衛隊ね?」という質問を受けるような時代でした。
 移住3年とか5年とかの方が、「もう」というような表現をされると、少し違和感を覚えます。ようやく、はあ、26年が過ぎました。


2005年7月の弐

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