2005年9月


  旧盆明けの亥の日に「塩屋のウンガミ」は催されます。塩屋湾沿岸各集落によるハーリー(刳り舟競漕)をメインとした、歴史の古い海神祭です。隔年(来年)おこなわれる白浜の豊年祭も、その一環といえます。
  ハーリーは、数十人の漕ぎ手によるサバニ(爬龍船)が湾内を横切り、水に入って迎える女性達のもとへゴールします。神行事なので、レース結果などは問題ではありません。
  今年は台風の影響で強風と波のうねりが厳しく、サバニが進まないだけでなく、相次いで浸水、転覆しました。湾内は浅いので溺れることはありませんが、まあ大変な年でした。

  こもれび工房パートナーの私も、3年前に漕ぎました。その日は猛烈な台風のまさにその時で、おおしけ状態であったにもかかわらず決行されました。白浜のサバニは、那覇の郷友会(白浜出身者)の子弟たちがメンバーです。この日、何人かが台風で来られなくなり、そのピンチヒッターとして、老体が駆り出されたのです。
  関係者以外の誰もが、当然中止と思ったでしょう。観客もカメラマンも全く見当たりません。しかし、暴風雨の中でも、神行事というものは、決められた日時におこなわれるのです。結果は、そりゃもう、さんざんでした。
  その夜は白浜の豊年祭一日目にも当たりましたが、強風と倒木で交通もストップし、嵐に怯える孤島状態でした。それでも、シャッターを降ろした公民館の中で恒例の舞踊を奉納し、一部の関係者だけで余興を楽しみました。そうした心がけに土地の神様が感じてくれたのかどうか分かりませんが、周辺地区が停電になり真っ暗になっているのに、白浜だけはセーフ。しっかり明かりが保たれていました。もちろん、これが重要なんですが、冷蔵庫のビールもギンギンに冷えていました。

  塩屋のウンガミでは、隔年(今年)二日目に、集落内三つのバール(小字)による奉納舞踊が演じられます。舞台となる広場には、炎天下、大勢の観客が押し寄せます。
  しかし、その前後、各バールの路地や庭先でも踊りが続いていることは、あまり知られていません。太鼓と歌だけの伴奏です。各演目の様々な舞台衣装をまとった全員が、輪になって狭い場所で踊り続けているのです。通りから外れた分かりにくい場所ですし、外部の観客は、まず居ません。
  エイサーもそうですが、本来はそういうものなんだろうなと思いました。見せるための祭り、発散するための祭りとは、かなり異なるようです。

  去年は、記録的な台風の当たり年。今年は、まだ直撃がありません。近く娘が帰省しますが、フライト当日には台風が当たりませんように。
  3年前に苦労した神行事。あの時のけなげな姿勢がまだ有効でしたら、停電も食い止めれたほどです。見守ってくださいな、神様。
  


2005年8月の弐

2005年8月

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