2005年10月


  都会では、なかなか火を燃やす機会がないように思います。白浜では、日常的に燃やします。
  苧炊き(うーたき)は、庭先でします。ドラム缶を半分に切ったかまどに薪をくべて、鉄製の大鍋に湯を沸かします。繊維をやわらかくするため、剥ぎ取った糸芭蕉を湯の中で数時間煮ます。流木、倒木、建築廃材、木工廃材が自然に(?)集まってくるので、燃料の薪には困りません。
  雑草を刈れば、燃やします。野焼き状態です。灰は貴重品で、灰汁として、煮る、染める、洗うの各工程で利用します。また、畑の土壌改良のためにも必要です。非喫煙者の中で、こもれび工房は村一番マッチを消費しています、たぶん。
  昼間の炎なので、たいした感慨もわきませんし、夏なら暑さが増すだけです。それでも街の人には、火を燃やすことだけで、非日常的な光景に映るでしょう。

  白浜の海辺には、大きな木麻黄の木が1本あります。枝振りもよく、上等の木陰を作るので、その下には石のテーブルとベンチが置かれ、住民の憩いの場となっています。食べ物があれば、ピクニック気分になれます。先日の十五夜には、シーサイドビヤガーデンと化していました。月の兎がはっきり見えます。
  ここは白浜の「聖域」なので、いつもきれいに掃除され、部外者に汚されることを嫌います。ゴミは持ち帰って下さい。隣接して、白浜(渡野喜屋)出身平良保一の顕彰碑もデンと建っています。初めて通りかかれば、誰もがこの場所で一服したくなるでしょう。あいにく、商店も自動販売機もありませんが、木洩れ日と海風が迎えます。

  こもれび工房パートナーの私(森山高史)の中で、何回目かの松本清張ブームが起こり、突然去っていきました。世間で評価の高い長編は、じっくり読むとストーリーに無理が多く、マイブームからは外れています。短編が好きです。作品ごとに変わるリズムが、私の鼓動とスウィングして心地よいのです。特に、男女の機微を描いた文章が好きです。若いころは読み流して、ストーリーだけ追っていたんでしょうね。同じ作品が、モノクロからカラーになっていました。
  一般に、文体として松本清張が語られることは少ないように思います。「純文学(死語)」の範疇にないことや、多作であることも作用しているでしょう。今回、お気に入り「文体ファイル」に、短編清張が加わりました。まず読ませてくれます。文章が呼吸しています。
  何冊も読もうとはせず、何回も読もうとするようになりました。秋の夜長、本棚や段ボールの奥から、久しぶりに一冊抜き出してはいかがでしょう? 




2005年9月の参

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